第14回桜井健二郎氏記念賞
(1999年 6月 4日掲載)

 第14回 櫻井賞 荒川氏および内池氏、篠田氏の2件3氏に

 第14回(平成10年度)櫻井健二郎氏記念賞は、東京大学の荒川秦彦氏および広島大学・内地平樹氏、株式会社富士通研究所・篠田傳氏の2件、3氏に授与された。
 櫻井健二郎氏記念賞は、当協会の理事であった櫻井健二郎氏が光産業の振興に果たされた功績をたたえるとともに、光産業および光技術の振興をはかることを目的として創設されたもので、過去13回の表彰で12名、12グループ、延ベ49名が受賞している。

 今年度第14回の櫻井賞は、光産業および光技術の分野において先駆的役割を果たした1993年以降の業績を対象に、応募12件の中から厳正に選考された。

 受賞の栄にかがやいた荒川泰彦氏の受賞理由は「量子井戸半導体レーザの原理的有望性を予言し、さらに、低次元化した量子細線や量子ドット構造による特性改善とミクロな発光機構評価の新しい手法を開拓し、光通信用半導体レーザの研究開発に多大な貢献をした」というものである。

一方の内地平樹氏と篠田傳氏は「ADDRESS DISPLAYSEPARATION(ADS)方式によるフルカラー中間調表示技術とMgO保護膜を用いた低電圧駆動方式による長振興に果たされた功績をたたえるとともに、光産業および技術の振興をはかることを目的として創設されたもの寿命化技術を開発し、AC型PDPの実用化に多大な斉献をした」というのが、受賞理由である。

 3氏に対する表彰は、12月2日に開催された第18回光産業技術シンポジウムの席上行われ、櫻井健二郎氏記念賞委員会委員長田中昭二氏(超電導工学研究所長)から賞状、メダル、賞金がそれぞれに手渡された。


荒川泰彦氏
 受賞理由の一つの「量子ドットレーザ」は1982年にこの構造を提案した。
当時は21世紀の技術と思っていたが、半導体レーザの進歩が早く、この技術の発展により支えられてやってこられたと思う。また研究者の一人としてこの分野に参画できたことは大変喜ばしいことである。しかし、量子ドットは物理的な研究がようやく可能になった段階で、現実の世界に持ち込むのはこれからであり、ブレークスルーが必要である。この分野の研究者の仲間と一緒に近い時期に量子ドットを現実の世界に持ち込みたい。


略歴
1975年 東京大学工学部電子工学科卒業。1993年東京大学生産技術研究所教授。ナノ構造の形成とその物性、量子ナノ構造を有する超高性能レーザの開拓、超高速オプトエレクトロニクスの研究に従事。現在、東京大学先端技術研究センタ教授。工学博士。


内池平樹氏
 ブラズマディスプレイは研究を始めた当時は電圧が300Vと高く、使える代物ではなかった。その後、30年経過して実用化の日の目を見たことになる。私は低電圧化技術としてMgO膜を提案、約1年後に良い特性が得られ、1973年のElectron Device Meetingに世界で初めて発表できた。1984年に大学で現在並のカラーPDPが作れるようになったが、実用化にはその後約10年程かかった。今後もさらなる性能向上へ向けて努力したい。何年か後に家庭のカ ラーCRTをPDPに置さ換えるのが夢である。


略歴
1962年 東北大学工学部電子工学科卒業。1969年広島大学工学部講師。PDP用誘電体電極材料、PDPの動作機構および面放電型カラーPDPの高輝度・高発光効率化の研究に従事。現在、広島大学工学部助教授。工学博士。


篠田傳氏
 広島大学3年生で講座を選ぷ時に内池先生が東北大学より移ってこられ、壁掛けテレビをやらないかといわれた。学生で何も判らない時期であったが、当時富士通が委託研究を広島大学に出していた関係で富士通に入社し、モノクロのプラズマディスプレイを研究した。その後病気などで中断もあったが、復帰後、事業部の工場を使って開発を進めた。幸いにも私が設計し工場の人に頼めば、すぐに作ってくれたので、大変幸運であった。この中で、面放電の新構造やADSパネル技術などをやってきた。その後全社的にPDP開発の機運が盛り上がり、大きく育ってきた。今まで多くの良き仲間こ恵まれ、助けて頂いたが、今後も残された多くの課題解決に向け、協力しながらPDPの発展に尽くしたい。


略歴
1973年 広島大学大学院電子工学専攻修了。同年富士通人社。プラズマディスプレイパネルの研究開発に従事。現在、株式会社富士通研究所 べリフェラルシステム研究所主管研究員。

桜井賞受賞者リスト

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